今改めて考える「ヴィジュアル系」の基礎概念

本来であれば最初に書くべき題材だったのかもしれない。──当サイト開設からヴィジュアル系にまつわるコラムをいくつか執筆してきたが「そもそもヴィジュアル系とは何なのか?」という根本ついて掘り下げた記事はまだ無い。創成期から数えれば誕生からおよそ30年以上の歴史を持つ"ヴィジュアル系"と呼ばれる日本独自のムーヴメント。だが近年はシーンの行く末についてネガティブな声も多く囁かれ、改めてヴィジュアル系の本質を問い直す時期が来ているのではないだろうかと感じる。そこで今回のコラムでは1990年代に生まれたヴィジュアル系という概念について、このシーンの先導者であるYOSHIKIとhideが残してきた発言から再考していく。


起源〜ヴィジュアル系はスタイルではなくスピリットから生まれた〜

ヴィジュアル系の起源は遡ること1980年代後半、YOSHIKIが自身のレーベル"エクスタシーレコード"を設立しX JAPAN(当事X)が本格的に活動開始した頃になる。型破りな音楽性とパフォーマンスで活動を続けたXだったが、彼らを受容する土壌や形容する言葉は当時まだなく"ヘヴィメタル"として扱われた。だがYOSHIKIが「TAIJIはアメリカンロックから影響を受けていて、僕はパンクスでハードコアに傾倒していた、そこにhideが不思議なセンスを持ち込んで、ごちゃ混ぜになったのがXなんです」と語るようにXは"ヘヴィメタル"というカテゴライズでは収まりきらないバンドであった。しかしその革新性は評価されず、テクニックや様式美を重んじる当時のシーンは「歌謡メタル」「イロモノバンド」とXを批判した。そういった批判に対しYOSHIKIは「タブーとされる事をあえてやった、他のバンドの逆を行ってやろうと、それが本当のパンク精神だと思った」と語る。同じ頃、関西ではDYNAMITE TOMMY率いるCOLORが台頭し始めXと友好関係を築いて行く。COLORはXと音楽性は違えど同じようにパンク精神を根底に持ったバンドで、DYNAMITE TOMMYは後にヴィジュアル系とは何か?との問いに対し「やってはいけない事をやるのがヴィジュアル系だ」と答えている。次第に両者は勢力を広げ、他のシーンから独立していき新たな土壌を築いて行く。その勢いは「東のX、西のCOLOR」「東のエクスタシー、西のフリーウィル」と称されヴィジュアル系と呼ばれるムーブメントへ発展していく。そう、ヴィジュアル系とはパンク精神が生んだものであり、旧態依然とした音楽業界やロックシーンに対するカウンターカルチャーなのだ。 


語源〜PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK〜

では"ヴィジュアル系"という言葉は何処から生まれ、いつ頃から使われ始めたのか? 1990年10月に創刊したヴィジュアル系専門誌SHOXXが、Xのキャッチコピー"PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK"を参考に"鮮烈なヴィジュアル&ハードショック"というコンセプトを掲げた事からヴィジュアル系という言葉が生まれたというのが有力な説である。次にこの言葉がどのくらいの時期から使われ始めたのかであるが、1991年1月に発行されたSHOXXでは既にヴィジュアル系という言葉が記事に使われていて、1992年にはアーティスト自身がインタビュー内で発言している。しかしこれはあくまで筆者が所有する文献から確認できるデータであり、実際には1991年より前からライブハウスやファン同士のコミュニティーで使用されていた可能性はある。インターネットが普及する前の時代なので地域差/個人差はあると思うが、89年/90年あたりにはすでにヴィジュアル系という言葉を使用していたという証言もある。他に「化粧系/オケバン」「髪立て系」「黒服系」「ヴィジュアルショック系」「ヴィジュアルショッカー」などの呼称があったが「ヴィジュアル系」に定着し、ポストヴィジュアル系ムーブメント(90年代後半V系バブル)絶頂期である1997年に流行語となり世間に浸透する。ちなみにhideは「ヴィジュアル系という言葉を広めたのは音楽雑誌、マスコミ」だと語っている。


定義・境界線〜ヴィジュアルロックは音楽のジャンルではない〜

次にヴィジュアル系の定義・境界線であるが「◯◯はヴィジュアル系か否か」といった議論は論争にまで発展してしまうケースがあり、タブー視される傾向にある。では何故そういった論争に発展してしまうのか? なぜならそれはヴィジュアル系というカテゴライズに明確な定義がなく、ヴィジュアル系か否かという問いに対して正解がないからだ。hideが「ヴィジュアルロックは音楽ジャンルではない」と語っているように、ヴィジュアル系という呼称は音楽性を指すものではない。それはXやCOLORを中心としたシーン/ムーブメントの渦中にいるバンドを雑多にまとめる為の総称であったのだ。よってシーン/ムーブメントの渦中から距離があるアーティスト、または遠ざかったアーティストは所謂ヴィジュアル系グレーゾン扱いとなる。いくつかグレーゾンの具体例をあげると、GLAYやL'Arc-en-Cielなどメインストリームで成功したアーティストは、ヴィジュアル系シーンが出自のアーティストと認識する人間より、邦楽ロック/ポップスターと認識する人間が多いため、グレーゾーンとされる。逆にDEAD ENDやBUCK-TICKなどはヴィジュアル系シーンが出自ではないものの、その影響力やシーンとの関係性からヴィジュアル系の始祖とされる。──ではこの言葉の本来の意味である"ヴィジュアル系シーン/ヴィジュアル系ムーブメントが出自となるバンド"を基点に、これまでヴィジュアル系の定義・境界線とされていた項目をいくつか検証していく。


  • 音楽性・外見的特徴で分類できるのか?

結論から言うと不可能である。なぜなら80年代創成期から90年代ヴィジュアル系ムーブメントの礎を築いたアーティストの殆どが、YOSHIKIのように「他のバンドと同じ事をやりたくない」というパンク精神/オルタナ精神を掲げ、多種多様なルーツとスタイルを持っているからである。また作品毎に方向性を大きく転換するアーティストがいることも要因のひとつである。しかしながら90年代後半に巻き起こったポストヴィジュアル系ムーブメント以降のフォロワーバンドには様式美を突き詰めたバンドも多く存在し、これらのバンドは音楽性や外見的特徴でヴィジュアル系とされ「コテ系」「白系」「ソフトヴィジュアル系」などのサブカテゴリーに分類される。本質的な意味でのパンク精神/オルタナ精神がヴィジュアル系本来のアイデンティティであるが様式美も存在する。こういった矛盾がヴィジュアル系を複雑で面白いものにしているのも事実である。


  • 派手で華やかなメイクと衣装=ヴィジュアル系?

ネット上でしばしば散見される定義である。一般的なヴィジュアル系への認識といえばこういった表面上の話になってくるが、ヴィジュアル系ファンなら極めて乱暴な定義だと感じるだろう。派手で華やかなメイクと衣装を纏ったアーティストは、ヴィジュアル系と呼ばれるアーティスト以外にも多数存在する。ヴィジュアル系のルーツとなったアーティストから、全く関連性が認められないアーティストまで、幅広く存在する事から定義としては不十分である。


  • 自ら名乗ればヴィジュアル系? 否定すれば...?

自らヴィジュアル系を名乗ればヴィジュアル系で、自ら否定すればヴィジュアル系ではないという"ヴィジュアル系自己申告制"という定義がある。アーティスト側の立場になって考えればわからなくもないが、これも不完全な定義ではないだろうか。90年代にヴィジュアル系ムーブメントの恩恵に預かろうと他ジャンルからヴィジュアル系路線にシフトチェンジしたバンドは多数あったが、その全てがヴィジュアル系バンドとして受け入れられた訳では無い。それに伴った音楽性と精神性を持たない殆どのバンドが淘汰された。これはいくら本人が自称してもシーンに受け入れられなければ認められないという事になる。それは否定した場合も同じである。イメージやカテゴリーというのは他者が抱いた印象で決まるもので、本人が頑なに否定しても変わるものでは無い。これをよしとするならばヴィジュアル系ムーブメントの礎を築いたアーティストの殆どがヴィジュアル系ではないという事になり、ヴィジュアル系の概念と歴史は消滅する。


──これらの事から、ヴィジュアル系の定義について議論する事は不毛であると言わざるを得ない。定義がないものに対して正解を導き出す事は不可能だからだ。また世代や趣味趣向によってヴィジュアル系の認識についてギャップが生まれるのは当然であり、その溝を埋めようとする議論も無意味と言っていいだろう。


差別〜蔑称としてのヴィジュアル系〜

ヴィジュアル系差別の歴史は創成期からすでに始まっていた。Xをはじめとした創成期のバンド達は「見た目に気を取られ演奏もおぼつかない格好だけのバンド」と言われ、歌謡曲を取り入れた楽曲も「歌謡ロック」「女子供が聴くミーハーな曲」と蔑まされた。TV出演などメディアへの積極的なアプローチも批判の対象となった。これらの差別は当時蔓延していたロックに対するステレオタイプな価値観と洋高邦低意識が生んだものであった。90年代に入りヴィジュアル系という呼称が使われ始めてからもこういった風潮はなくならず、ムーブメントの勢いとともに差別は加速していった。ヴィジュアル系人気に便乗して、ゴシップ誌では冷やかし記事も掲載された。またヴィジュアル系ムーブメントの熱とは裏腹に、アーティスト達の多くはヴィジュアル系と呼ばれる事に拒否反応を示した。これは当時のアーティスト達が、唯一無二を目指しパンク精神/オルタナ精神を根底に持っていたからである。90年代半ばにはポストヴィジュアル系ムーブメント(V系バブル)が起る。この時期には商業的な側面が強くなり、ヴィジュアル系バンドの青田刈りが行われた。クオリティーの低いバンドが世に大量に送り出されシーンは飽和状態となる。これらの流れからヴィジュアル系という呼称は蔑称の意味合いをさらに強める。多くのフォロワーを生んだSUGIZOや清春らは、ヴィジュアル系と呼ばれる事にさらに拒否反応を示すようになり、一緒くたに扱われる事と後続のバンドを痛烈に批判した。


ヴィジュアル系というカテゴライズは悪なのか!?

ヴィジュアル系も含めロック文化には、カテゴライズはナンセンスであるという風潮がある。特にヴィジュアル系では蔑称としてこの言葉が使われて来た歴史もあり、ヴィジュアル系とカテゴライズされる事を拒絶するアーティストやファンも存在する。こういった事からヴィジュアル系という言葉を使い、アーティストを形容する事に罪悪感を感じる人もいるのではないだろうか。これについてhideは「一括りにされても俺はいいと思う、その中で摘まんで選択する自由がリスナーにはあるんだからさあ、それは暗闇の中で蛍を探すようなもんだから、良いバンド探すっつうのは」と言葉を残している。ヴィジュアル系とカテゴライズされる事を嫌うアーティストを、便宜上そう形容する事に少なからず後ろめたさを感じていた私は、hideのこの言葉に救われた。人は食べたい物を他者に伝える時に「和食」「イタリアン」といったカテゴリーを使って表すように、日々の生活の中でカテゴライズは常について回る。それは音楽でも同じで、自分の好みを相手に伝える時に、端的に表すカテゴリーが必要となる。ただ先に述べたようにカテゴライズ論争はナンセンスであると感じる。元来ジャンル分けとはタグ付け程度に過ぎず、アーティストや楽曲にどのような趣があるかは受け手の主観で決められるもので、感じ方や捉え方は他者から強要されるものではないからだ。──最後にカテゴライズ問題に対するYOSHIKIの見解を示した言葉を紹介する。ヴィジュアル系とカテゴライズされる事を嫌うアーティストに対してどう思う?と問われYOSHIKIはこう答えた。「皆、気取ってんじゃないの?ちょっと(笑)」

TEXT:管理人

2020.03.23


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