オールドスクールヴィジュアル名盤解放地帯 #10「V2 - 背徳の瞳~Eyes of Venus~」

クラシックな名盤をレビューしていく連載コラム「オールドスクールヴィジュアル名盤解放地帯」。 第10回目となる今回は、小室哲哉とYOSHIKIによるユニットV2が1992年にリリースしたシングル「背徳の瞳~Eyes of Venus~」をレビューする。収録曲は、M01「背徳の瞳~Eyes of Venus~」 M02「Virginity」の全2曲。V2としてリリースされた唯一のCD作品。小室哲哉が2011年にリリースした「TK BEST SELECTION IN EPIC DAYS」にアルバム初収録された。初回限定盤のDVDにはライブ映像も収録されている。今回扱うのは異種混合なユニット形態のアーティストかつ8cmシングル作品ということで、ヴィジュアル系警察から「V2はヴィジュアル系ではない」「シングルを名盤とは言わない」「ついでに言うなら黒夢は岐阜出身だから名古屋系ではない」とお叱りを受けてしまいそうだが、読者の皆様は大人な方々ばかりなので問題ないだろう。

音楽史を塗り替え90年代を席巻した時代の寵児・小室哲哉とYOSHIKI。小室はバイオリン、YOSHIKIはピアノとクラシック音楽をバッグボーンに持つという共通項は見られるが、この歴史的な融合は当時双方が背負っていたパブリックイメージからは想像だにしないものであった。一見両極ともいえる二人はなぜ巡り会ったのか?

出会いは、破竹の勢いで快進撃を続けていたXの中心人物YOSHIKIに小室が興味を持ち、90年に行われたXの日本武道館公演を観に行った事がはじまりだったという。その後二人は意気投合し「みんなを驚かせてやりたい」とV2の結成に至る。

V2というユニット名の由来は、このプロジェクトからイメージする言葉がVIOLENCE、VICTORY、VIOLET、VARIABLE、VERSUS、VISUALなどVから始まる言葉が多かった事からV2と名付けたという。また、V2とは第二次世界大戦中にドイツが開発したミサイルの名称であり、CDのジャケットアートにもこれを想起させるものが描かれている。

小室とYOSHIKIはソニー系のレコードレーベル所属であったが、ここに当時ポニーキャニオンに所属していたTHE ALFEEの高見沢俊彦を加える計画もあったという。二人がこのプロジェクトを「戦略ユニット」「業界向けロケット」と呼んでいた事から、V2には制約ばかりの音楽業界を掻き回すという思惑が込められていたのは間違いないだろう。

そして91年の10月にプロジェクト発表記者会見が開かれる。12月に東京ベイNKホールにて一度きりのライブ「V2 SPECIAL LIVE "VIRGINITY"」を開催し、翌92年1月に両A面シングル「背徳の瞳~Eyes of Venus~/Virginity」をリリース。本作は50万枚に迫る売上を記録した。

V2が残した唯一のオリジナル作品「背徳の瞳~Eyes of Venus~/Virginity」に収録されたのは二曲のみ。

V2を象徴するようなイントロだというピアノパートで幕をあけるM01「背徳の瞳~Eyes of Venus~」 は、Xの代表曲「紅」や「Silent Jealousy 」のムードを漂わせたドラマティックな楽曲。小室のシンセサイザーとYOSHIKIのドラムによる異種格闘技感が凄まじい。そしてなんといっても小室の独特なヴォーカルの中毒性が高い。本人が「もしV2が再結成する事があってもボーカルはやらないから安心してね」と発言していたり、ファンからもしばしばネタ的に扱われる氏のボーカルだが、このボーカルなくしてV2のアイデンティティは存在しないと筆者は思っている。ここの読者は古き良きインディーズ作品やオブスキュアな名盤 怪盤 珍盤を愛する音楽マニアの方々が多いだろうし同志はきっと少なくはないはず。しかしこれはデモ段階の仮歌だったもので、当初はYOSHIKIが主宰するエクスタシーレコード所属のボーカリストを起用する予定だったと後に語られている。本作は発売も延期され、レコーディングも難行していたと聞く。おそらくスケジュールの都合で実現しなかったのではないだろうか。

M01「背徳の瞳~Eyes of Venus~」 は、それぞれの作曲パート分担がわかりやすいと評される事もあるが、歌詞の「孤独に抱かれ」は小室で「孤独に抱かれて」はYOSHIKIによるものであったりと、ファンでも区別がつかないほど込み入ったコラボレーションになっているという。

M01がYOSHIKIテイストならばM02「Virginity」は小室テイストの楽曲。プログレッシブ・ロックの要素を前面に打ち出したと言う。小室がプログレから強い影響を受けているという話は、TM NETWORKファンの方々ならばご存知だろう。この曲は小室のボーカルと共にYOSHIKIの語りが大胆にフィーチャーされているが、なんとYOSHIKIがボーカルを務める可能性もあったという。

弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったもの。弱い人間は自分より強い相手を見た時に、その劣等感、嫉妬心、同族嫌悪などのネガティブな感情を吠える事で正当化し解消しようとする。つまり相手の価値を下げるような批判や誹謗中傷をする事で自分の価値を上げようと目論むわけだ。

これはかつてヴィジュアル系批判をしていた人たちにも言えるだろう。ヴィジュアル系差別の空気が蔓延していたあの頃。そういった風潮を作り出したのはメディアの権力を掌握していた一部の大人たちだった。全く新しい価値観を持ったYOSHIKIをはじめとしたヴィジュアル系アーティストの台頭は、洋楽世代の大人たちには不都合なものだった。大人たちは今まで築き上げてきた信念体系が揺るがされるのを恐れ、ヴィジュアル系をニセモノと批判した。

だが優れた人間というのは、自分の価値観や立場を脅かすような存在であっても相手を認められる強さを持ち合わせている。当時、評論家や畑違いのアーティストがこぞってヴィジュアル系バンドへの差別的な発言を繰り広げていたが、小室は表立って「YOSHIKIは国宝級のアーティストだ」と評した。また、90年代のヴィジュアル系ムーブメントに対しても引退を意識するほど衝撃的なものだったと心情を吐露している。音楽史を振り返り90年代にヴィジュアル系ムーブメントなどなかったかのように語る音楽評論家や音楽ファンが少なからずいる中、これは極めて貴重な証言だと言える。

小室はYOSHIKIより年齢的にもアーティストとしてのキャリアでも上にある。そういった立場の人間が後輩にリスペクトを捧げ自ら手を差し出したのだ。その懐の深さに心から敬意の念を表したい。こういった小室のアーティストとしての柔軟性が、後のTKブームへと繋がっていったのかもしれない。

もちろんV2は小室からの一方的なアピールで生まれたわけではない。小室が「あの頃YOSHIKIが言うことを聞いたのはhideと僕ぐらいだった」と語っているように、YOSHIKIもまた小室をリスペクトしていたのである。これは今も続く二人の関係性から伺い知る事が出来るだろう。

最後に小室がYOSHIKIから強い影響を受けていたことを物語るエピソード、小室とヴィジュアル系の関係性について言及する。1990年、小室率いるTM NETWORKはTMNと改称してグループのリニューアルを宣言。ハードロック/ヘヴィメタルへのアプローチを試みたアルバム「RHYTHM RED」をリリースした。ガンズ・アンド・ローゼズ、モトリー・クルーなどからの影響を取り入れた作品と言われているが、そこにはXから受けた影響も反映されているのではないだろうか。このアルバムに収録されている「TIME TO COUNT DOWN」は流麗なピアノのイントロや、ツーバスが炸裂するハードロック/ヘヴィメタル調のテイストを持った楽曲で、どこかXを彷彿とさせるものがある。ライブパフォーマンスにおいても小室はYOSHIKIそっくりのドラムプレイを披露するなど、この頃のTMNにはその影響が顕著に現れていた。

また、TM NETWORKが1987年に発表した名曲「BE TOGETHER」は、小室がBOØWYの「B・BLUE」を意識して作った楽曲である。BOØWYもその成功の裏に「歌謡ロック」と揶揄されていた側面があるが、小室は公にリスペクトを表している。このビートロックや、ニュー・ロマンティック、LAメタル、プログレッシブ・ロックなどを取りれた小室哲哉のTKサウンドとヴィジュアル系の位置関係は、ルーツの観点から見てそう遠くないものであったといえるだろう。しかしながら、小室サイドにはゴシック経由のデカダン的な要素や、パンク/ハードコア経由のアグレッシブさやヴァイオレンスな側面は皆無であり、両者の間には決定的な違いも存在する。

2015年にSNSで小室哲哉がファンからの質問に直接答える企画があった。「いまコラボするなら誰としたいですか?」との問いに小室は「V2をHYDEとYOSHIKIとやりたい」と答えたのだ。

小室は一度きりのライブを収めた「V2 SPECIAL LIVE "VIRGINITY"」の復刻を望むなど、可能性は0%か100%のどちらかと前置きはしながらV2再結成に対しては前向きな姿勢を示してきた。

来年2022年に「背徳の瞳~Eyes of Venus~」が発売30周年を迎える。この記念すべきメモリアルイヤーに過去作のリマスター復刻、そして新生V2の誕生はあるのだろうか──?

彼らがまた音楽業界に大きな衝撃を与えてくれる事を期待せずにはいられない。

TEXT:管理人

2021.02.07


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